東京高等裁判所 平成11年(行ケ)134号 判決 1999年12月16日
原告
株式会社パリドール正盛堂
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁理士
B
被告
特許庁長官 C
指定代理人
D
同
E
"
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成9年審判第10034号事件について平成11年2月25日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成6年4月18日、指定商品を第30類「菓子及びパン」(ただし、平成9年11月5日付けの手続補正書によって「サブレー」と補正された。)とし、「さくらサブレー」の文字を横書きにしてなる商標(以下「本願商標」という。)について登録出願(平成6年商標登録願第38774号)をしたが、平成9年4月18日に拒絶査定を受けたので、平成9年6月13日、これを不服として審判の請求をした。特許庁は、平成9年審判第10034号事件としてこれを審理した結果、平成11年2月25日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、平成11年4月14日、原告にその謄本を送達した。
2 審決の理由
別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに、本願商標は、登録第1335994号商標(指定商品を第30類「菓子、パン」とし、「サクラ」の片仮名文字を横書きしてなる商標。昭和50年5月13日登録出願、昭和53年7月21日設定登録。以下「引用商標」という。)とは、「外観において相違するとしても、「サクラ」(桜)の称呼、観念を共通にする類似の商標と認められ、かつ、本願商標の指定商品は、引用商標の指定商品に含まれているものと認められるから、本願商標は、商標法第4条第1項第11号に該当し、登録することができない」(審決書3頁18行目~23行目)としたものである。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由の1及び2は認め、3は争う。
審決は、本願商標「さくらサブレー」を「さくら」と「サブレー」とに分離し、「さくら」のみを取り出して、「さくら」の部分が「サクラ」の称呼、観念を生じるとの理由で、引用商標と「サクラ」(桜)の称呼、観念を共通にする類似の商標と認められると判断した。しかし、審決の上記判断は、次のとおり誤っているから、取り消されなければならない。
すなわち、本願商標「さくらサブレー」は、7音構成の冗長とはいい得ない音構成よりなり、比較的音節の少ないものであるから、経験則上、審決がいうように「サクラ」だけを分離して把握することなく、そのまま「サクラサブレー」として一体的に把握してのみ、発音し、認識するとみるのが妥当である。
すなわち、需要者が購買等をするに際して、本願商標の称呼である「サクラサブレー」の「サブレー」を省略して「サクラ」と発音することはほとんど考えられず、また、一般の取引においても、本願商標の称呼である「サクラサブレー」は、日本語として全く違和感なく使用されるものである。
そして、このように、本願商標を「サクラサブレー」として一体的に把握してのみ発音されるものとするならば、本願商標から生ずる「サクラサブレー」の称呼と、引用商標から生ずる「サクラ」の称呼とは明らかに相異するので、両商標は、称呼において明確に区別されるべきものとなり、これに応じて、両者は、観念においても異なったものとなる。
したがって、本願商標と引例商標とは、外観はもちろんのこと、観念も、称呼も全く異にする非類似の商標である。
本願商標と引用商標とが非類似であることは、「追分だんご(商公昭31-7352号)」と「追分羊羹(商公昭52-59799号)」、「うその餅(商公昭29-11835号)」と「ウソ鳥サブレ(商公昭49-68573号)」、「梅花(商公昭32-10293号)」と「梅花せんべい(商公昭36-4345号)」、「へそ(商公昭32-15872号)」と「へそまんじゅう(商公昭36-11356号)」、「神宮(商公昭56-51075号)」と「神宮おむすび(商公昭48-47391号)」、「神宮おにぎり(商公昭48-47392号)」とがそれぞれ併存していることなどからも理解できるものである。
第4 被告の反論の要点
本願商標「さくらサブレー」は、「さくら」が平仮名文字で表されているのに対し、「サブレー」が片仮名文字で表されているものであり、また、「さくら」の文字が「サブレー」の文字に比べてやや大きく表されている。本願商標は、このように、文字の大きさ及び種類の相違より視覚上分離して認識される構成となっているから、「さくら」と「サブレー」の2語により構成されてなるものと容易に認識し得るものである。
他方、「さくら」(桜)は、古来、花王と称せられ、日本の国花とされ、古くは「花」といえば桜を指したほど一般に知られているものであるから、構成中の「さくら」の文字は、容易に「桜」を想起させるものである。また、「サブレー」の片仮名文字部分は、「小麦粉・バター・卵黄・砂糖などを混ぜて焼いた、さくっとした口当たりのクッキー」を表す語として一般に理解され、認識されているものである。さらに、本願商標の指定商品は、「サブレー」であるから、指定商品に使用されるとき、本願商標中の「サブレー」の文字は、当該商品の普通名称を表示したものと容易に認識し得るものである。
上記状況の下では、本願商標に接する取引者、需要者は、構成中、後半の「サブレー」の文字部分を、当該商品の普通名称を表示したものと理解するにとどまり、それ自体を自他商品の識別標識とは認識しない一方、これ以外の「さくら」の文字部分を、自他商品の識別標識として認識することが、十分考えられ、そうすると、本願商標は、「さくら」の文字より生ずる「サクラ」の称呼、「桜」の観念をもって、取引に資する場合があるということができる。したがって、本願商標と引用商標とは、「サクラ」の称呼、「桜」の観念を共通にし、互いに類似する商標であると認定判断した審決に誤りはない。
原告が挙げる商標登録例は、いずれも商標の構成態様等において、本件とは事案を異にするものであって、それら登録例をもって本願商標の類否判断の基準とすることはできない。のみならず、出願商標と引用登録商標との類否判断は、もともと、両商標につき個別具体的に行えば足りるものであり、既登録例をその判断要素としなければならないものではない。
第4 当裁判所の判断
1 本願商標は、「さくらサブレー」の和文字を横書きしてなる商標であり、その構成中の「さくら」が平仮名文字で、「サブレー」が片仮名文字で表されているものであることは、当事者間に争いがない。また、甲第2号証によれば、上記「さくらサブレー」においては、「さくら」の文字が「サブレー」の文字に比べてやや大きく表されていることが認められる。
他方、「さくら」の語が「桜」を意味することは、周知の事実である。また、乙第1号証及び第2号証によれば、「サブレー」の語は、「小麦粉・バター・卵黄・砂糖などを混ぜて焼いた、さくっとした口当たりのクッキー」(1998年(平成10年)11月11日株式会社岩波書店発行の広辞苑第5版)、「洋菓子の一種。小麦粉に対してバターの配合を多くし、さくさくした歯ごたえがあるように焼き上げたクッキー」(1989年(平成元年)12月22日株式会社講談社発行の日本語大辞典)といった意味を有するものとされており、これらの辞典が全国的に広く頒布されているものであることを考慮すると、「サブレー」の語は、本件審決の当時、洋菓子の一種を意味するものとして我が国において周知となっていたと認めることができる。
以上の各事実の下では、本願商標の「さくらサブレー」は、一般需要者の間において、一体のものとして認識され得ると同時に、「さくら」という普通名称と「サブレー」という普通名称の2つに分離しても認識され得るものということができる。
原告は、本願商標「さくらサブレー」は、7音構成の冗長とはいい得ない音構成よりなり、比較的音節の少ないものであるから、審決のいうように、分離して把握されることはあり得ない旨主張する。
しかし、「さくらサブレー」が、7音構成の冗長とはいい得ない音構成よりなり、比較的音節の少ないものであるとしても、上記のとおり、「さくら」及び「サブレー」の語が、それぞれ「桜」、「ある種の洋菓子」を表すものとして周知の普通名称であることからすれば、取引者、需要者がこれを更に短い2語に分離して発音したり、認識したりすることは、一般論としてみれば十分あり得ることといわなければならず、かつ、本件全証拠によっても、取引社会において、本願商標「さくらサブレー」について、取引者、需要者が一体不可分の語としてのみ把握すると考えさせる特段の事情を認めことができないから、原告の上記主張は、採用できな
い。
なお、原告は、一般の取引においても、本願商標の称呼である「サクラサブレー」は、日本語として極めて違和感なく使用されるものである旨主張するが、仮に原告の主張のとおり、本願商標が違和感なく一気に「サクラサブレー」と発音され得ることがあるとしても、このことが、直ちに、「サクラサブレー」のみの称呼を生ずるものにつながるものでないことは、前記説示に照らせば明らかである。
さらに、原告は、本願商標と引用商標とが非類似であることを裏付けるものとして種々の商標登録例を挙げているけれども、その主張の事柄の性質上、採用の限りでない。
2 引用商標が、指定商品を第30類「菓子、パン」とし、「サクラ」の片仮名文字を横書きしてなる商標であることは、当事者間に争いがない。
本願商標と引用商標とを比較すると、前記認定のとおり、本願商標の「さくらサブレー」は、「さくら」と「サブレー」との2つの語に分離して発音され、認識され得るものであるから、取引者、需要者の間において、「サクラサブレー」の称呼及び観念を生ずると同時に、「サクラ」の称呼及び「桜」の観念をも生じるものである。
一方、引用商標からは、まず、「サクラ」の称呼及び「桜」の観念を生じるものであることは明らかである。のみならず、特に、引用商標がその指定商品に含まれる「サブレー」に使用される場合を考えると、「サブレー」が前述のとおり洋菓子の種類を示す周知の普通名称であることとの関連で、他の「サブレー」でなく「サクラ」の「サブレー」であるとの意味で、「サクラサブレー」と称呼され、観念される事態や、商標としての「サクラ」と菓子の種類を示す普通名称としての「サブレー」が接近して表示され、外観上あたかも「サクラサブレー」という商標であるかのように見え、そのような「サクラサブレー」の称呼と観念をもって把握される事態などが発生し得る。
3 そうすると、本願商標と引用商標とは、称呼及び観念において共通しているから、「「サクラ」(桜)の称呼、観念を共通にする類似する商標と認められ、かつ、本願商標の指定商品は、引用商標の指定商品に含まれるから、本願商標は、商標法4条1項11号に該当し、登録することができない」(審決書3頁19行目~23行目)とした審決の判断は相当であり、原告の主張は、いずれも理由がないことに帰する。その他、審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
4 よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)